会津田島の郡役所:幕末の百姓一揆 [歴史]

会津田島の郡役所
福島県の重要文化財に指定されている洋館です。
中には、百姓一揆の資料が展示されていて、それを見たくて15年前に寄りました。
幕末には幕府の贅沢と無駄遣い、大名の放漫で国家破たん寸前で、年貢が過酷でした。
五割、七割あたりまえ、10%の消費税どころではありませんが今の日本と似ています。
百姓は米を作っても薄いおかゆか水しか飲めないほど、なのでそば作りが盛んだったのかもしれません。田島の「裁ちそば」は買ってきて食べると非常に美味しいので、取り寄せたいと思っていたところ、なんと平塚ラスカの紀伊国屋で売っていました。
田島の名主さんらが8人?村の代表で年貢を減らしてもらおうと江戸まで雪の中を徒歩で直訴に行くと、予想どおり、覚悟のさらし首になったのです。
郡役所にはその夫の首を妻が夜中にそっと取りに行って風呂敷に包んで持ち帰ったという話の資料が展示されていました。
幕末には年に百回も日本中で百姓一揆があり、もちろん、神奈川県の酒匂川にも相模川にもそういう一揆の首謀者のさらし首が並んでいたそうです。
そういう悲劇の歴史の上に成り立っている日本ですので、国民の犠牲だけを求めるような政権はあってはならないものです。

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